毛なし暮らし

毛なし暮らしな生活

濡れて、尖って、ありがとうというおはなし

「感謝」ということについて書いていこう。

 

以前ブログの末尾でそのようにお伝えしたかと思う。

 

そう今、僕は猛烈に「感謝」したくてたまらないのだ!

 

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感謝したいというのは押しつけがましいかもしれないが以前よりもいろいろなことに「感謝」するようになったと思う。

 

僕が上京したての頃は今よりももっともっと尖っていた。

もうとげとげであった。

スーパーマリオブラザーズに出てくるトゲゾーの如く、踏もうとしてくる人のライフを削っていくような棘を体中に帯びていた。

 

そして何に対しても噛みついていたようなそんな若造だったように思う。

 

そんな上京してからの僕を知る人からすると最近の僕は丸くなったようだ。

もうマリオ64のワンワンのようにいろいろなものに噛みつかなくなったし、トゲゾーのような棘はなく地下のステージに出てくるメットのように甲羅がつるつるなのである。

 

それもこれも、東京に来てから自分一人では何もできないということに気づいてしまったからであると思う。

誰かに手を差し伸べられて、僕は生きているのだなと一人暮らしをするようになってから、そして色々なことに挑戦するようになってから気づくようになったのである。

 

みんなに支えられて、岸本学という人間は生きていくことが出来るのだと深く痛感した。

 

だから、今まで出会ってくれた皆様に僕は心のそこから感謝したい。

 

 

尖がっていた僕を見放さずに、見守ってくれた皆様に精一杯ありがとうと伝えたいのだ。

 

 

恥ずかしいことをつらつらと書いているが僕が今日ここで伝えたい感謝というのは今言ったようにそんな大それた感謝ではないのである。

 

 

もう3年くらいになるだろうか。

僕は一冊の本を本棚の奥深くに買ったはいいが読まずにしまっていた。

 

読みたくて買ったのに読むタイミングがなかったのか。それとも読むことが憚られたのか。なぜかは詳しく覚えていないが読む機会を見失ってしまったのだ。

そうしているうちに、その本を買ったことさえも記憶の彼方に消し去られ、先日部屋の掃除をしているときに久しぶりにその本を見つけた。

 

いい機会だと思ってその本を読むことにしてみた。

 

その本にはこう書かれていた。

 

 

 

「毎日、感謝しながら靴を磨きなさい」と

 

 

 

僕はその一節を読んだ夜、猛烈に感謝しながら靴を磨いたのを覚えている。

 

 

自分の商売道具を磨かないのはなぜだとその登場人物は問う。

 

 

そうだ、鼻の長いゾウが問うのだ。

(ゾウは基本的に鼻が長いのだが。)

 

 

 

もうわかった方もいるのではないだろうか。

 

 

僕は「夢をかなえるゾウ」を読み始めたのだ。

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そして、靴を磨き始めたのだ。

 

 

靴を磨くという日常がない方からしたらなんだそれはと思うかもしれないが一度、やってみてほしい。

 

なんでこんなにお前は汚れているのだ。

こんな僕ですら毎日、風呂に入っているのになぜこうもお前は風呂にも入らず、シャワーも浴びず、なんなら濡れたタオルで体を拭くこともせずにどろだらけになっているのかと思うことであろう。

 

靴を磨き始めてから、自分の持っているものに責任を持つという感覚が少し身体の中にしっくりと馴染んできた気がする。

 

 

責任をもって自分が買ったもの、もらったものすべての道具に愛着を注いで感謝していこうと思う次第である。

 

 

いつも僕を遠くの町まで連れ出してくれる靴に今日も感謝しながら濡れたタオルでふきふきしたいと思う。

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